• 煒水の漢詩歳時記 1月      

    2019年1月2日

     

    あけましておめでとうございます。

     

     

    1月は新春を祝う月です。そのため1月には節句が多くあります。

    1日は「元旦」(1月1日は年の初め、月の初め、日の初めですので三元、あるいは三始などともいいます。)

    元旦には、青竹を火にくべて、その弾ける音で邪気を払いました。宋代になると竹の中に火薬を入れるようになり、現在では爆竹を使います。これは、音が大きければ大きいほど邪気が払えると考えられていたためです。     

    そして、お屠蘇(とそ)を飲みます。屠蘇は延命長寿を祈って「屠蘇散」を酒に混ぜたものです。屠蘇散とは、「山椒」やニッケイの樹皮を乾燥させた「桂皮」、セリの根である「防風」、そして「桔梗」などの漢方を粉末にしたものです。

    門扉上には桃の絵の「桃符」がかけ替えられます。桃は邪を避けるといわれています。

    7日は「人日」です。人日には日本では七草がゆを食べますが、中国では7種の菜のスープを飲みます。                                                         

    15日は日本でも小正月でおなじみの「上元」です。また、日本ではあまりなじみがありませんが、1月31日は「晦日」といいます。  

     

    爆竹で新年を祝う人

     

     


    さて今回は日本人、武田信玄の漢詩です。「新正口号」で、元旦に詠まれたものです。                                                              

     

    新正口號    武田信玄                                                       

     

    淑氣未融春尚遅

    霜辛雪苦豈言詩                                         

    此情愧被東風笑                                                 

    吟斷江南梅一枝

     

     淑気(しゅくき)未だ融(と)けず 春 尚遅し

     霜辛雪苦 豈(あ)に詩を言はんや                               

     此情 愧(は)づらくは 東風に笑はれんことを

     吟断(ぎんだん)す 江南の梅一枝

     

    【意味】                               

    新春元旦に口ずさんでできた詩

    おごそかな雰囲気はまだゆるまず、春が来るのがまだ遅れている。 

    霜の辛さや雪に苦しめられているなかで、どうして詩を作る気になどなるだろうか。

    しかしこんな気持ちでいると春風に笑われてしまい、まことに恥ずかしいかぎりだ。

    ここは気持ちをあらたに、六朝の陸凱(りくがい)が「江南の梅を一枝贈ろう」と詠じたのにならって一枝の梅を詠むこととしよう 。                                                        

     

    【語彙】                                                       

    新正:新年の元旦

    口號:口ずさむ。また、気軽に口ずさんでできた詩。

    淑気:穏やかな春の気配

    東風:春風

    笑 :咲く

    吟断:「断」は動詞のあとについて意味を強調する。

    江南梅一枝:陸凱《贈范曄》「折梅逢駅使 寄与隴頭人 江南無有所 聊贈一枝春」を踏まえたもの。

    【解説】

    この漢詩の作者の武田信玄(1521〜1573年)は、甲斐(かい:山梨県)の守護を務めた甲斐源氏武田家第18代・武田信虎の嫡男で名は晴信、のち出家して信玄と称しました。戦国時代を代表する甲斐の大名で、政治軍事にすぐれた手腕を発揮し、民政、領土拡大に力を注ぎました。甲斐本国に加え信濃、駿河、西上野、遠江、三河と美濃の一部を領し、次代の勝頼期にかけて領国を拡大したものの、都への進軍の途上に三河で病に倒れ信濃への帰還中に病没しました。

    この漢詩は唐、宋の漢詩に比べると、確かに見劣りします。しかし起承転結や平仄(ひょうそく)、押韻(おういん)など漢詩の基本にかなった秀作です。漢詩を作れる武士自体がまだまだ少なかった時代に、信玄が典故を踏まえた詩を作れたということに驚きを感じます。

    高野山成慶院蔵の長谷川等伯筆の「伝武田信玄像」。どっかりといかにも豪快な戦国武将らしい画像で、かつては教科書にも載せられた有名な画像ですが、近年これを信玄画像とするのに異論が出て、伝武田信玄像となっています。

     

    (佐藤煒水)

    煒水の漢詩歳時記  十二月

    2018年12月2日

    月日は移ろい、12月。いよいよ一年の最終月となりました。               

    寒さは一層厳しくなり、山野は雪に閉ざされ、重苦しい寒さを題材としたものや、寒さに耐える方策としての「消寒詩」がしばしば詩歌に取り入れられます。

    今月取り上げる詩は「消寒詩」の代表的なものです。               

                   

    香炉峰下新卜山居草堂初成偶題東壁                

         香炉峰(こうろほう)下 新たに山居(さんきょ)を卜(ぼく)し 草堂初めて成る 偶(たま)たま東壁に題す               

                            白居易(中唐)          

    日高睡足猶慵起   

    小閤重衾不怕寒   

    遺愛寺鐘欹枕聽   

    香鑪峯雪撥簾看   

    匡廬便是逃名地   

    司馬仍爲送老官   

    心泰身寧是歸處   

    故郷可獨在長安   

     

    日高く睡(ねむ)り足りて 猶(な)ほ起くるに慵(ものう)し           

    小閣(しょうかく)に衾(しとね)を重ねて 寒さを怕(おそ)れず

    遺愛寺(いあいじ)の鐘は 枕を欹(そばだ)てて聽き

    香鑪峯の雪は 簾を撥(かかげ)て看る

    匡廬(きょうろ)は便(すなわ)ち是れ 名を逃(の)がるるの地

    司馬(しば)は仍(な)お 老を送るの官たり

    心泰(こころやす)く身も寧(やす)らかなるは是れ帰する処

    故郷 何ぞ独り長安にのみ在らんや

     

    ( 意味)              

    もう日はすっかり高く、十分に眠ったというのに、なお起きるのがおっくうであるが、   

    小さな部屋で布団を重ねて寝ているので寒さも苦にならない。               

    遺愛寺の鐘は枕から頭を上げて聴き入り、   

    香鑪峯の雪は簾を引き上げて眺める。           

    ここ廬山は名利や名誉を求めず引きこもるには、ちょうどいい。           

    司馬という役職も、老後の隠居生活のためにはうってつけだ。               

    心が落ち着き、体も安らかなら、それこそ帰るべき場所なのだ。           

    故郷はなにも長安だけというわけではない。               

     

     

    【語彙】               

    香炉峰:江西省九江の南にある廬山の北の峰

    卜:家を建てる時に方向や地相を占うこと  山居:山住まい               

    厭:おっくうになる  小閣:小さな二階建ての家  衾:掛け布団  

    遺愛寺:香炉峰の北にあった寺

    欹枕:横になったまま枕を斜めに立てて首をのせる様子

    撥:押し上げる                

    匡廬:廬山のこと 昔、匡俗という隠者が住んだという言い伝えがある

    逃名:身分や地位から逃れること   

    司馬:州の次官 唐代では実権のない官職   歸處:安住の地           

             

    【作者紹介】       

    白居易(はっきょい)772〜846年  

    中唐の詩人。字は楽天、また香山居士,酔吟先生と号し、諷諭や閑適の詩を得意とした。多作で知られ、平淡な詩風は宋代以降の詩風に影響を与えた。

    29歳で進士に及第し、左拾遺などの要職を経験したが、上書が咎(とが)められ、杭州、蘇州の刺史(しし)に左遷される。       

    白楽天の作品は、日本にも早くから伝えられ、菅原道真をはじめ平安朝文学に大きな影響を与えました。 

    頷聯の二句は「和漢朗詠集」等にも引かれている名高い対句で、枕草子にも中宮定子が清少納言に「香炉峰の雪いかならむ」と問いかけて、清少納言が格子を上げさせて、御簾を高く上げたというエピソードが描かれています。

     

    土佐光起の「清少納言図」(東京国立博物館蔵)

     

     

    (佐藤煒水)

    正覚庵「筆供養」

    2018年11月23日

    晴天に恵まれた3連休の初日、

    水明書道会ではほぼ年中行事になりつつある、東福寺正覚庵の「筆供養」に今年も参加させていただきました。

    「筆供養」というのは、古くなった筆に感謝し、筆作りのために毛を提供してくれた動物達の供養をし、また書道などの上達を願って筆や護摩木を火にくべる行事で、別名筆の寺と言われる正覚庵で毎年11月23日に行われ、多くの参拝客が訪れます。

    本堂で法要が営まれた後、全国から寄せられた古い筆で作った筆神輿が町内や紅葉が見頃を迎えた東福寺境内を練り歩き、午後2時くらいから護摩木が燃やされ、筆などの筆記用具が投げ入れられます。筆供養は水明書道会の歴史とほぼ同じ、昭和22年から行われているそうで、この煙を浴びると、字が上達するとも言われています。

     

    前日に水明書道会館に集まった古い筆を持って行き、筆神輿づくりから参加しています。

    古い筆を藁の束にどんどん刺していき、飾り付けます。

    りっぱな御神輿の完成です!

     

    昨年から境内で来年のカレンダーに文字を書くワークショップをしています。

    なんとリピーターも来てくださいました!

     

     

    筆神輿は観光客でにぎわう東福寺境内や町内を練り歩きます。

    なんと神輿行列の先頭は水明書道会でした!!

    銅鑼(どら)担当も当理事のお二人。

     

     


     

    この日は正覚庵のお庭でおそばの提供や御抹茶や御煎茶の茶席もあります。

    茶席のある正覚庵の建物は旧白洲邸を移築したものだそうです。

     

    詳しくはこの記事で

     

    御神輿の行列が帰ってくると法螺貝や鉦の音の鳴り響く中

    いよいよたき火がついて、読経をしながら

    どんどん筆が焚かれていきます。

     

     

    参加した理事長をはじめ理事のみなさんは、

    日頃とは違った場所での晩秋の一日をそれぞれに楽しまれたようでした。

     

    (堀 翠恵)

    煒水の漢詩歳時記  十一月

    2018年11月1日

    11月は自然が晩秋から冬のよそおいに変わる季節です。深まる秋と強まる寒気は、山中の樹々や街路樹を紅葉させ、町中の景色までも寂しくさせていきます。           

    秋が悲しいのは、一年の移ろいが終わりの時期を迎えるからでしょう。ものごとの最終段階の一歩手前、それは最も感慨深い時です。まさに「有終の美」でしょう。               

    秋の漢詩には「雁」などの渡り鳥や「落葉」そして「砧」などが多く詠じられ、旅愁を募らせます。       

     

     

    秋興 八首    其の一               

                    杜甫(盛唐)

     

    玉露凋傷楓樹林

    巫山巫峽氣蕭森

    江間波浪兼天湧

    塞上風雲接地陰

    叢菊兩開他日涙

    孤舟一繋故園心

    寒衣處處催刀尺

    白帝城高急暮砧

     

     玉露 凋傷(ちょうしょう)す 楓樹の林

     巫山(ふざん) 巫峽(ふきょう) 氣蕭森(しょうしん)

     江間の波浪 天を兼ねて湧き

     塞上の風雲 地に接して陰(くも)る

     叢菊(そうきく) 両(ふた)つながら開く他日の涙

     孤舟 一に繋ぐ故園の心

     寒衣 処処 刀尺(とうせき)を催し

     白帝城(はくていじょう)高くして 暮砧(ぼちん)急なり

     

     (意味)

     玉のような露が、楓の林をしぼませ、傷つけ、           

     巫山や巫峡のあたりには、秋の気配がもの寂しく立ち込めている。       

     巫峡を流れる長江の波浪は、天空を巻き込むばかりに激しく沸き立ち、

     とりでのあたりの風をはらんだ雲は、大地にふれるほどに垂れこめて暗い       

     むらがる菊は今年もまた花を開いて、過ぎし日々を思い涙を誘い           

     一艘(いっそう)の小舟はずっと繋がれたまま、

     故郷を懐かしむ心を募らせる冬着の季節となり、どこの家でも裁縫に追い立てられているだろう       

     遥に白帝城が聳(そび)えるあたりまで、夕暮れの砧(きぬた)の音が響いている           

                   

    【語彙】               

    玉露:玉のような露 「白露」よりも冷たい感触の語               

    凋傷:しぼませ、そこなう。枯れさせること               

    巫峡:急流で名高い三峡の一つ       

    蕭森:静かで寂しい           

    叢菊:群生した菊               

    故園心:故郷を思う心、ここでは都長安を思う気持ち               

    刀尺:刃ものとものさし 転じて裁縫           

    暮砧:夕暮れの砧の音。愁いを誘う秋の風物詩           

     

    【鑑賞のポイント】

    この詩は大歴元年(766年)杜甫55歳の秋、夔州(きしゅう)で作られたもので、八首連作の第一首です。   

    第一首は秋の夕暮れの寂しさを、第二首は夜景を、第三首は朝を詠じ、第四首以降は都長安の述懐や戦乱での苦悩そして過去の栄光を懐かしんでします。

    この秋の夕景を描いたこの第一首、首聯(しゅれん)は巫山(ふざん)の景色を淡淡と詠い起こし、頷聯(がんれん)はその具体的な描写です。   

    頸聯(けいれん)は杜甫の心境を、そして尾聯(びれん)では砧(きぬた)の音で旅愁を深め結んでいます。           

    とくに、「江間波浪」からはじまる頷聯は荘厳で崇高な趣を帯び、名対句といわれています。   

     

    杜甫は夔州滞在中、今日に伝わる作品の三分の一に相当する430首もの詩を作っています。その時作られた詩の多くには、かつてのような情念の高まりや鋭い社会批判意識を見ることはあまりありません。そのかわり晩年の達観した杜甫の心が占めるようになっています。詩聖人といわれるゆえんではと思います。

     ちなみに、私はすべての漢詩の中でこの「秋興」が一番好きです。

     

     

    (佐藤煒水)

    煒水の漢詩歳時記  十月

    2018年10月2日

    陰暦の10月は秋が深まる季節です。夏や冬の三か月間は季節が安定しますが、10月は秋から冬へ大きく季節が移り変わります。               

    月の光は冴え、9月の中秋の名月とは異なった輝きを見せます。           

    携帯電話やスマホなど、現代では家族や知人そして意中の人との通信手段はいろいろありますが、漢詩の世界では、月は遠く離れた人たちへの思慕を伝えるアイテムです。       

     月の輝きは、遠く離れた人同士を結びつけ、同時に郷愁を誘います。秋の深まりは、詩人たちに悲愁の思いをつよく抱かせ、作詩にむかわせます。               

     

    静夜思  

        李白(盛唐)

     

    牀前看月光           

    疑是地上霜           

    挙頭望山月           

    低頭思故郷         

     

     

     静夜思

     牀前月光を看る

     疑ふらくは是れ地上の霜かと

     頭(こうべ)を挙げて山月を望み

     頭を低(た)れて故郷を思う

     

      (意味)           

      ベットのあたりに差し込む月の光をじっと見つめる           

      ふと、それは、地上に降りた霜かと思った           

      顔をあげて遠くの山にかかる月を眺め   

      顔を伏せて、故郷を懐かしく思い出す。               

     

     李白の詩は一般的に豪放な詩が多いですが、この詩は、非常に内省的です。これも、李白の特徴のひとつです。   

    「看る」「挙げる」「望む」「低れる」「思う」などの動詞が作者の心中をよく表しているのではと思います。       

     

    【語彙】               

    静夜思:静かな夜にもの思う  牀前:ベットのあたり  疑是:まるで〜のようだ       

    ★起句(一句目)の「看月光」を「明月光(明月の光)」とする本もある。日本人の愛読した唐詩選は前者ですので、日本では「看月光」が多く、逆に中国では「明月光」が一般的です。           

                   

     

    【作者紹介】       

     李白(りはく) 701年(長安元年)〜762年10月22日(宝応元年9月30日))       

     中国の盛唐の時代の詩人です。字は太白。号は青蓮居士。唐代のみならず中国詩歌史上において、同時代の杜甫(とほ)とともに最高の詩人とされています。奔放で変幻自在な詩風から、後世に『詩仙』と称されました。         

     李白の出自および出身地には諸説ありますが、中央アジアのキルギスという説が有力です。李白の父は「李客」と呼ばれ、正式の漢人名を持ったという形跡がないこと、また後年の李白が科挙を受験しなかったこと、そして、詩風が当代の詩人たちと異なることなど、私は李白が漢民族ではなかったのではないかと思っています。

     

     

月刊書道「水明」

解説付きで自分で学べる月刊書道「水明」の、バックナンバーを無料で進呈いたします。

月刊書道「水明」について

競書作品紹介

新規水明会員募集中

会員特典

  • 月刊書道「水明」を毎月無料送付
  • 水明書展への出品料割引
  • 各種事業への参加費割引
  • 書道用品業者での購入割引

年間会費 11,000円 会計年度は12月~11月まで

入会へのお問い合わせ