うたごよみによせて その6「夕」
雨の季節に入りました。紫陽花やくちなしの花が瑞々しく美しく咲き競っています。
梅雨は、陰暦では五月に降る長雨のことで、五月雨(さみだれ)と言います。
和歌や俳句では、下記のものが有名です。
うちしめり 菖蒲ぞかをる ほととぎす 鳴くや五月(さつき)の 雨の夕暮れ (藤原良経)
五月雨を 集めて早し 最上川(松尾芭蕉)
五月雨を 降り残してや 光堂(松尾芭蕉)
冷泉貴実子氏の「うたごよみ⑥」のお題は「夕」でしたが、和歌のやりとりでの恋のはじまり方や、結びの「逢ふ瀬(おうせ)の時」への進展の様子から、「恋」かな?と思うほど艶やかな内容でしたね。
今回のキーワードは「誰そ彼(たれそかれ)「黄昏時(たそがれどき)。
この語源は、万葉集10巻 秋相聞(恋の歌)の柿本朝臣人麻呂の歌(2240)
「誰(た)そかれと 我れをな問ひそ 九月(ながつき)の 露(つゆ)に濡れつつ 君待つ我れを」と言われます。
意味は、「そこに居るのは誰なの?と、私に聞かないでください。九月の 露に濡れながらあなたを待っている私のことを。」
当時、男性が女性の名前を問うのは、プロポーズの意味を持っていました。それに答えて、名前を明かすのは、お受けしますということになります。この女性は、夕闇の中、言い交わした別の男性を待っていたと思われます。それで、「名前を聞かないで」となるのでしょう。
電気のない時代には、「たそがれどき」には、お互いの顔がよく見えません。
よって、お互いに「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(だれですかあなたは)」と尋ねていたそうです。それで「たそがれ」。
現代風に言えば「君の名は?」となるわけです。
さて、2016年に公開されたアニメーション映画「君の名は。」(新海誠原作、監督)で、主人公の瀧と三葉が出会うのは、まさに「黄昏時」でした。そこで、お互いの名前を問いかけます。
身と心が入れ替わることにより、お互いが導かれていくストーリーですが、この映画の中で、雪野先生が古典の授業で、「たそがれどき」について話すときがあるのです。そこにでてきたのが、先ほどの万葉集の柿本人麻呂の歌でした。
このように背景に日本の歴史と文化、風習、そしてその元となる古典などが緻密に散りばめられていることに感動します。
現在使っている言葉の語源や風習の歴史の知識を得ることにより、過去、現在、未来は繋がっていることを実感するとともに、深読みすることを楽しめた回でしたね。
2025年6月 編集部 北川詩雪