「煒水の漢詩歳時記」 8月
梅雨末期の豪雨が西日本を襲い、広範囲に甚大な被害を与えました。まさに、歴史的な惨状です。
また、梅雨が明けると一変して、今までに経験したことがない猛暑で、京都市内は連日38度の体温を超える暑さが続いています。
このような異常気象や猛烈な暑さがこれから続くと思うと恐怖すら感じます。
漢詩の世界でも、夏の暑さを恐れる詩は多くあります。また、暑さを表現する言葉は、冬の厳しい寒さを訴える言葉の比ではありません。思いつくままに書いても「暑威」「炎蒸」「隆暑」「列暑」「辱暑」「溽暑」など多くありますが、極めつけはここに紹介する漢詩の詩題、「毒暑」でしょう。
毒暑 趙翼(清)
毒暑今年甚
当空煽赤鳥
人将投灸甕
天果作洪炉
毛竅珠抛汗
疿根粟突膚
何当縮地法
遁入水晶壷
毒暑 今年甚(はなはだ)し
空に当たり 赤鳥を煽(あお)る
人 将に灸甕(しゃよう)を投ぜんとし
天 果して洪炉を作(な)す
毛竅(もうきょう)珠のごとく汗を抛(なげう)ち
疿根(ひこん)粟のごとく膚(はだ)を突く
何当(いつ)か 縮地の法をもて
遁(のが)れて 水晶の壷に入(い)らん
【意味】
今年の暑さはことのほか厳しく
太陽が空にあって、盛んに燃えている
人々はかまどに投げ入れられたよう
この世は、果たして溶鉱炉のよう
毛穴からは汗が吹き出し
あせもが粟のように肌にできる
いつの日か、距離を縮める術を使って
竜宮城に逃れたい
【語彙】
赤鳥:太陽 灸甕:かまど 洪炉:溶鉱炉 毛竅:毛穴
疿根:あせも 何当:何時
縮地法:昔、費長房という仙人が使った道術の一つ、ドラえもんの「どこでもドア」のようなものでしょうか。
水晶壷:竜宮城
【作者紹介】
趙翼:(ちょうよく、1727年〜1812年)
清朝の代表的な考証学者の一人で、江蘇省武進県の出身。号は甌北(おうほく)。商人の家に生まれたが、乾隆帝に認められ軍機処の章京を務めた。1761年の進士。
厳しい暑さは、まさに心身を害する毒です。このところ連日ニュースなどで聞かれる「命に関わる暑さです」という言葉にもうなずけます。
首聯(しゅれん:1・2句)、頷聯(がんれん:3・4句)、頸聯(けいれん:5・6句)は暑い日を詠った代表的な表現です。夏の暑さをここまで表現した漢詩はそう多くありません。
また、尾聯(びれん:7・8句)はなかなかしゃれており、また、ユーモアがあって面白い表現ですね。
現在では、エアコンの効いた部屋に逃げ込めますが、当時は大官といえども、暑さからは逃げられなかったのでしょう。
(佐藤煒水)