「煒水の漢詩歳時記」 6月
今年は梅雨入りが早いようで、気象庁の発表によれば九州・四国地方ではもう梅雨入りしたようです。
梅雨は、北海道と小笠原諸島を除く日本、朝鮮半島南部、中国の南部から長江流域にかけての沿海部、および台湾など、東アジアの広範囲においてみられる特有の気象現象で、5月から7月にかけて毎年めぐって来る曇りや雨の多い期間のことで、雨季の一種です。
しかし、漢詩の舞台になる長安や洛陽など中国の内陸部では梅雨はありませんから、梅雨を詠った漢詩は少ないです。それでも、長雨はあります。三日以上降り続く雨を「霖(りん)」と書きます。梅雨に対して秋の長雨を「秋霖」といいます。
雨は漢詩でも重要な「詩題」で、雨を詠った詩は多いのですが、私がまず思い出す詩は王維(おうい:701〜761)の「元二の安西に使いするを送る」という詩です。
送元二使安西
渭城朝雨浥軽塵
客舎青青柳色新
勧君更盡一杯酒
西出陽関無故人
元二(げんじ)の安西(あんせい)に使いするを送る
渭城(いじょう)の朝雨 軽塵(けいじん)を浥(うるお)し
客舎(かくしゃ)青青 柳色(りゅうしょく)新たなり
君に勧(すす)む 更に尽くせ 一杯の酒
西のかた陽関(ようかん)を出づれば 故人無からん
(意味)
別れの朝、渭城の町では、昨夜からの雨が、砂ぼこりをうるおしており、
旅館の前の柳も青々と芽吹き、門出にふさわしい眺めだ
これから、西に旅立つ「元二」君、さあ、もう一杯酒を飲みたまえ
これから、西、陽関という関所を出たなら、一緒に酒を酌み交わす友もいないのだから
【鑑賞のポイント】
「元二」 元は姓、二は排行
「安西」 唐代に安西都護府が置かれ、西域の守護の当たった要地、新疆(しんきょう)ウイグル自治区にある。
「渭城」 長安の渭水(いすい)を挟んだ対岸の町、西に旅する人たちの送別の場所
「陽関」 敦煌(とんこう)の西南にある関所
この詩は、別名を「渭城の曲」ともいい、旅立つ人を送る送別の詩として広く親しまれ、唐代以降、送別の席では必ず詠われたといわれています。もちろん、日本でも同様、送別の時に歌いました。
私の学生時代も卒業生を送る宴席では、この詩を朗読したものです。
また、結句の「西のかた陽関を出づれば 故人無からん」は送別の意を表すために、三度歌い繰り返します。これを「陽関三畳(ようかんさんじょう)」といいます。
(佐藤煒水)