煒水の漢詩歳時記 十二月
月日は移ろい、12月。いよいよ一年の最終月となりました。
寒さは一層厳しくなり、山野は雪に閉ざされ、重苦しい寒さを題材としたものや、寒さに耐える方策としての「消寒詩」がしばしば詩歌に取り入れられます。
今月取り上げる詩は「消寒詩」の代表的なものです。
香炉峰下新卜山居草堂初成偶題東壁
香炉峰(こうろほう)下 新たに山居(さんきょ)を卜(ぼく)し 草堂初めて成る 偶(たま)たま東壁に題す
白居易(中唐)
日高睡足猶慵起
小閤重衾不怕寒
遺愛寺鐘欹枕聽
香鑪峯雪撥簾看
匡廬便是逃名地
司馬仍爲送老官
心泰身寧是歸處
故郷可獨在長安
日高く睡(ねむ)り足りて 猶(な)ほ起くるに慵(ものう)し
小閣(しょうかく)に衾(しとね)を重ねて 寒さを怕(おそ)れず
遺愛寺(いあいじ)の鐘は 枕を欹(そばだ)てて聽き
香鑪峯の雪は 簾を撥(かかげ)て看る
匡廬(きょうろ)は便(すなわ)ち是れ 名を逃(の)がるるの地
司馬(しば)は仍(な)お 老を送るの官たり
心泰(こころやす)く身も寧(やす)らかなるは是れ帰する処
故郷 何ぞ独り長安にのみ在らんや
( 意味)
もう日はすっかり高く、十分に眠ったというのに、なお起きるのがおっくうであるが、
小さな部屋で布団を重ねて寝ているので寒さも苦にならない。
遺愛寺の鐘は枕から頭を上げて聴き入り、
香鑪峯の雪は簾を引き上げて眺める。
ここ廬山は名利や名誉を求めず引きこもるには、ちょうどいい。
司馬という役職も、老後の隠居生活のためにはうってつけだ。
心が落ち着き、体も安らかなら、それこそ帰るべき場所なのだ。
故郷はなにも長安だけというわけではない。
【語彙】
香炉峰:江西省九江の南にある廬山の北の峰
卜:家を建てる時に方向や地相を占うこと 山居:山住まい
厭:おっくうになる 小閣:小さな二階建ての家 衾:掛け布団
遺愛寺:香炉峰の北にあった寺
欹枕:横になったまま枕を斜めに立てて首をのせる様子
撥:押し上げる
匡廬:廬山のこと 昔、匡俗という隠者が住んだという言い伝えがある
逃名:身分や地位から逃れること
司馬:州の次官 唐代では実権のない官職 歸處:安住の地
【作者紹介】
白居易(はっきょい)772〜846年
中唐の詩人。字は楽天、また香山居士,酔吟先生と号し、諷諭や閑適の詩を得意とした。多作で知られ、平淡な詩風は宋代以降の詩風に影響を与えた。
29歳で進士に及第し、左拾遺などの要職を経験したが、上書が咎(とが)められ、杭州、蘇州の刺史(しし)に左遷される。
白楽天の作品は、日本にも早くから伝えられ、菅原道真をはじめ平安朝文学に大きな影響を与えました。
頷聯の二句は「和漢朗詠集」等にも引かれている名高い対句で、枕草子にも中宮定子が清少納言に「香炉峰の雪いかならむ」と問いかけて、清少納言が格子を上げさせて、御簾を高く上げたというエピソードが描かれています。
土佐光起の「清少納言図」(東京国立博物館蔵)
(佐藤煒水)