煒水の漢詩歳時記 二月
二月になりました。
梅は多くの花に先駆けて花を咲かせます。これが、すぐれた人物などを輩出する時期の先駆であると捉えられて、蘭、竹、菊とならんで四君子の一つに選ばれています。麻雀をされる方もあると思いますが、麻雀の花牌の四種類はこの四君子です。
さてここに紹介するのは北宋の詩人である林逋(りんぽ)の梅の詩です。
山園小梅 林逋
衆芳揺落獨嬋妍
占盡風情向小園
疎影横斜水清淺
暗香浮動月黄昏
霜禽欲下先偸眼
粉蝶如知合斷魂
幸有微吟可相狎
不須檀板共金樽
衆芳(しゅうほう) 揺落(ようらく)して 独り嬋妍(せんけん)たり
風情を占め尽くして小園に向かう
疎影横斜して 水は清浅
暗香(あんこう)浮動して 月は黄昏
霜禽(そうきん) 下らんと欲して 先ず眼を偸(ぬす)み
粉蝶(ふんちょう) 如(も)し知らば 合(まさに)に魂を断つべし
幸いに 微吟の相い狎(な)るべきあり
須(もち)いず 檀板(だんばん)と金樽(きんそん)とを
【意味】
いろいろな花が散ってしまった後で、梅だけがあでやかに咲き誇り、
ささやかな庭の風雅な趣を独り占めしている。
清く浅い流れ上に、まばらな影を横たえ
月もおぼろな黄昏時になると、人知れず香を漂わせる
霜夜の小鳥が降り立とうとして、まずそっと目を向け、
白い蝶がもしこの花のことを知れば、きっと魂を奪われてうっとりするに違いない。
幸いに、私の小声の歌声が花と打ち解けあうので、
いまさら歌舞音曲も宴会もいらない。
【語彙】
山園:山中の庭園 衆芳:多くの花々 揺落:花が散る
嬋妍:景色が美しい 占盡:占拠する 風情:おもむき、あじわい
向:在と同義 疎影:疎らに映る影 横斜:斜めに横たわる
清浅:清くかつ浅い 暗香:夕闇に漂う花の香 浮動:漂う
霜禽:霜夜の小鳥 偸眼:こっそりと見る 紛蝶:白い蝶
断魂:魂を奪われる 微吟:小声で詩を吟ずる 相狎:打ち解ける
不須:〜を必要としない 檀板金樽:世俗の人が好む音楽と酒宴
【鑑賞のポイント】
山園の小梅」という詩題からもわかるように、この詩は梅を詠じているのですが、「梅」という文字はありません。それでいて、梅の風情や姿がうまく詠われていて、梅を詠む後世の作品に大きな影響を与える詩となりました。
【作者紹介】
林逋(りんぽ) 968年〜1028年
北宋の詩人。字は君復 若くして勉学に努めたが、生涯仕官せず、江南を遊歴し、のち杭州の西湖に隠棲した。妻を娶(めと)らず、人には「梅が妻であり、鶴は子供である(梅妻鶴子:ばいさいかくし)」と称しました。
詩風は淡泊孤冷で隠遁生活を詠じた詩が多く、梅の詩を得意としました。
漢詩歳時記 完 佐藤煒水