煒水の漢詩歳時記  十一月

11月は自然が晩秋から冬のよそおいに変わる季節です。深まる秋と強まる寒気は、山中の樹々や街路樹を紅葉させ、町中の景色までも寂しくさせていきます。           

秋が悲しいのは、一年の移ろいが終わりの時期を迎えるからでしょう。ものごとの最終段階の一歩手前、それは最も感慨深い時です。まさに「有終の美」でしょう。               

秋の漢詩には「雁」などの渡り鳥や「落葉」そして「砧」などが多く詠じられ、旅愁を募らせます。       

 

 

秋興 八首    其の一               

                杜甫(盛唐)

 

玉露凋傷楓樹林

巫山巫峽氣蕭森

江間波浪兼天湧

塞上風雲接地陰

叢菊兩開他日涙

孤舟一繋故園心

寒衣處處催刀尺

白帝城高急暮砧

 

 玉露 凋傷(ちょうしょう)す 楓樹の林

 巫山(ふざん) 巫峽(ふきょう) 氣蕭森(しょうしん)

 江間の波浪 天を兼ねて湧き

 塞上の風雲 地に接して陰(くも)る

 叢菊(そうきく) 両(ふた)つながら開く他日の涙

 孤舟 一に繋ぐ故園の心

 寒衣 処処 刀尺(とうせき)を催し

 白帝城(はくていじょう)高くして 暮砧(ぼちん)急なり

 

 (意味)

 玉のような露が、楓の林をしぼませ、傷つけ、           

 巫山や巫峡のあたりには、秋の気配がもの寂しく立ち込めている。       

 巫峡を流れる長江の波浪は、天空を巻き込むばかりに激しく沸き立ち、

 とりでのあたりの風をはらんだ雲は、大地にふれるほどに垂れこめて暗い       

 むらがる菊は今年もまた花を開いて、過ぎし日々を思い涙を誘い           

 一艘(いっそう)の小舟はずっと繋がれたまま、

 故郷を懐かしむ心を募らせる冬着の季節となり、どこの家でも裁縫に追い立てられているだろう       

 遥に白帝城が聳(そび)えるあたりまで、夕暮れの砧(きぬた)の音が響いている           

               

【語彙】               

玉露:玉のような露 「白露」よりも冷たい感触の語               

凋傷:しぼませ、そこなう。枯れさせること               

巫峡:急流で名高い三峡の一つ       

蕭森:静かで寂しい           

叢菊:群生した菊               

故園心:故郷を思う心、ここでは都長安を思う気持ち               

刀尺:刃ものとものさし 転じて裁縫           

暮砧:夕暮れの砧の音。愁いを誘う秋の風物詩           

 

【鑑賞のポイント】

この詩は大歴元年(766年)杜甫55歳の秋、夔州(きしゅう)で作られたもので、八首連作の第一首です。   

第一首は秋の夕暮れの寂しさを、第二首は夜景を、第三首は朝を詠じ、第四首以降は都長安の述懐や戦乱での苦悩そして過去の栄光を懐かしんでします。

この秋の夕景を描いたこの第一首、首聯(しゅれん)は巫山(ふざん)の景色を淡淡と詠い起こし、頷聯(がんれん)はその具体的な描写です。   

頸聯(けいれん)は杜甫の心境を、そして尾聯(びれん)では砧(きぬた)の音で旅愁を深め結んでいます。           

とくに、「江間波浪」からはじまる頷聯は荘厳で崇高な趣を帯び、名対句といわれています。   

 

杜甫は夔州滞在中、今日に伝わる作品の三分の一に相当する430首もの詩を作っています。その時作られた詩の多くには、かつてのような情念の高まりや鋭い社会批判意識を見ることはあまりありません。そのかわり晩年の達観した杜甫の心が占めるようになっています。詩聖人といわれるゆえんではと思います。

 ちなみに、私はすべての漢詩の中でこの「秋興」が一番好きです。

 

 

(佐藤煒水)

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